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大阪高等裁判所 平成元年(う)1153号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護士浅野博史、同得津正熈連名作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中、事実誤認ないし法令適用の誤りがあるという主張について

論旨は要するに、原判決が本件犯行の実行行為者乙川二郎と被告人との間に共謀が存在するとして被告人に共謀共同正犯の責任を認めたのは事実を誤認しないしは法令の適用を誤ったものであり、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果もあわせ検討するのに、原判決認定の罪となるべき事実は、その挙示する証拠により優にこれを肯認することができ、乙川の本件実行行為につき被告人が共謀共同正犯の責任を負う理由として原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項で説示するところも相当であって、当審における事実取調べの結果によって右の認定、判断は左右されない。

所論は、本件では被告人と乙川との間で、当初本件コカインは被告人の所有であるとの了解のもとに被告人の知人である丙沢三郎宛に郵送する旨共謀したのに、乙川が米国ロスアンゼルス市内の郵便局で丙沢三郎宛の封筒から本件コカインを取り出し、自己の母が経営する事務所のシロウサトウ宛の封筒に入れ替えて航空郵便に付し、これを横領した時点で共謀は消滅したものであり、その後は乙川の単独の意思により、かつ、その支配下においてなされた犯行である旨主張するが、原判決摘示の関係各証拠によれば、原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項の(一)ないし(五)で説示する事実関係を認めることができ、右の事実関係によれば、乙川は、被告人から丙沢三郎宛に郵送するよう託された本件コカインを、被告人に秘して自己の支配できる場所に郵送し、本件コカインを横取りしようとした事情が認められるので、コカインの所有帰属関係について本件犯行を共謀した際の当初の認識と異なった結果を招来したことが認められるものの、共謀共同正犯が成立するためには、二人以上の者が一定の犯罪を実現しようとして謀議したうえで、その全部又は一部の者がその犯罪を実行することをもって必要かつ十分とするものであり、これを本件についてみれば、被告人と乙川が共謀し、二人が実現しようとした一定の犯罪というのは、本件コカインを米国ロスアンゼルス市内の郵便局から航空郵便に付して本邦内に密輸入するということであり、本件コカインの所有関係や、本邦内での届け先如何は本件共謀共同正犯が成立するために必要な共謀内容とは無関係な動機事情に過ぎず、乙川が当初の共謀どおり、本件コカインを米国ロスアンゼルス市内の郵便局から航空郵便に付し、本件犯行を遂行した以上、共謀どおりそれが実行されたものとして被告人が共謀共同正犯者としての責任を負担することは明らかであり、してみると、これと同旨の原判決にいう事実誤認等はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、本件は、麻薬である塩酸コカイン約三五・二グラムを本邦内に密輸入した事案(ただし、輸入禁制品である右コカインの輸入という関税法違反の点については未遂)であるがその罪質、動機、態様並びに被告人の前科等、ことに、被告人は昭和六一年五月一五日にも本件と同種事犯で懲役一年二月・三年間刑執行猶予の判決を受けたのに、右執行猶予期間中にアメリカへ渡航してコカインを吸引したうえ、その残量を雑誌をくりぬいて隠匿するという巧妙な手口で本邦に密輸入したものであり、その量もかなり多量であること等に徴すると被告人の刑責・犯情は重いといわなければならない。してみると、被告人が真面目に働き、本件を反省していること等所論指摘の被告人に有利な情状を斟酌しても、被告人を懲役一年四月(求刑懲役二年六月)に処した原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀧川義道 裁判官 浦上文男 裁判長裁判官 石井一正は海外出張のため署名押印することができない。裁判官 瀧川義道)

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